≡ in 東京ドーム ≡
( 設置期間 : 1995.9.14 - 30 )
( VOL.79 / Oct 1995 )
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某日、イギリスから空輸された彫像は、その本体を4パーツ(頭・胴・両手・両足)に分け、成田に到着。
いったん原木(※千葉県市川市)の日通倉庫に運び込まれた後、4パーツを合体させ組みあげた状態で保管されていたそうです。9月15日、東京ドームの22番ゲート前で行なわれる除幕式イベントを迎えるまで、ここで一休みをしていたわけです。
15日のイベント案内のハガキ発送を準備しながら、「どーやって設置するんだろう!?」と気になった私達は、前日ドームへと足を運んでみました。
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■9月14日(木)■
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夕方近くに行ってみたものの、ドームで開催されているイベントの人ごみで、彫像設置の気配も無く、
「いったいいつ設置するの!?」という感じでした。雨もショボショボ降っているし…。
しばらくすると、それらしきスタッフの人の姿も見えてきて、ドーム内の催しも終え 人がドワーッと出てきたのです。その人波が消えるのを待つように、彫像搬入の気配が漂ってきたのでした。
まずは、どこからどうやって、22番ゲート前に運び込むのかという疑問!
そして、それがどんな状態で来るのかという疑問! バラバラで来て この場で組み立てるのか、それとも既に組み上がっていてその姿そのもので現れるのか…。
時計の針は既にPM11:00をまわろうとしていました。
スタッフの人達や日通の人達の動きを見ながら待っていると、JR水道橋駅方向の入口に補強のための鉄板を敷く作業が始まり、クレーン車が入って行ったのです。もちろんこのクレーン車は、彫像を吊り上げるためのものです。
そうこうしている間に、彫像を乗せたトラックがやって来ました。
「デ!! デカイ!!」
なーんと彫像は私達の予想に反し、トラックの上に寝た状態で、ブルーシートをかぶせられ、まるでガリバーさん状態でやって来たのです。目の前を通り過ぎていくガリバーマイコー!!
「キャーマイコー!!」
こうなりゃ彫像だろうが何だろうが、マイコーはマイコーなんです!!
※ 画像は撤去時のもの
近くに駆け寄り、ブルーシート内を覗いてみると、…?? ちょうど腕のエンブレムあたり… コンコンとノックしてみたら… これがまたなんとも軽い音…。
「ありゃりゃ?! これっていったい何でできているんだ?!」
ともかく設置作業はまだまだ時間がかかりそうだってことで、いったん22番ゲートの方で待つことにしました。
設置場所を細かくテーピングで位置決めをしたりする日通やEPICの方々。
ひたすら時間が過ぎていき… もう終電も無くなりそう。それでも彫像が動く気配は無く、「ハァ… やっぱり終電で帰ろう…」と思ったころ、友人のIさんが血相変えて私を呼びに来たのです。
「さっきから写真をパチパチ撮ってた人! 日通の人なのよ! お話聞いてみたら?!」
ってことで、もう一度彫像のトラックがある所へ行ってみました。
なるほど お話を聞かせて戴き、とても詳しく知っているし、親切な方だし! 日通の社員の方たちも彫像を乗せたトラックの前で記念撮影なんかしちゃってる。
日通の人達はみなさんとても親切な人ばかりで、「彫像が設置されたら、もう触ることもできないよ。今のうちに触っておきなさい。トラックの上に上がってもいいよ」とまで言ってくれました。(さすがにトラックの上まではあがりませんでしたが…)
日通の方がおもむろにエンブレムをバキッと剥がし、「ホレっ」と手渡してくれた時は、目が点でした。「うわぁ~! これって取り外し可能ですか!?」って感じでした。いきなり手に渡されても、どうしていいんだか…。
手に持ったエンブレム部分だけでも胸いっぱいの大きさがあり、全体がどれほど大きいのかわかりました。
「股の部分も取り外せてそこから人が入れるよ!」と言われ、シゲシゲとお股を覗いてみたのですが…
ちょっと恥ずかしかった;
そうこうしている間に、いよいよクレーンで彫像が吊り上げられる段階となり(既に終電も間に合わず、始発まで残る決心をする)クレーンのエンジン音が強くなったのです。
彫像の両肩からロープが出ていて、ゆっくりと吊り上げていきます。
※ 画像は別日の日通倉庫前のもの
横たえた状態で吊り上げた後、次第に肩ロープだけで立位で吊り上げていき、22ゲート下から22ゲート上まで一気に・しかし慎重に丁寧に吊り上げていく様子は、その技術、プロのなせる技です。(彫像を吊る前にその台座を吊り、22ゲートに設置したのです。)
ゆっくりとゆっくりと彫像が台座の上に立ちます。
緊張した空気がピーンと張り詰めたその作業は、真夜中に行われていました。彫像が台座に置かれたのは 9月15日午前0:30…。
ここからまた細かい作業へと入っていきます。
台座に置かれた彫像は、足と台座をボルトで固定し、さらに安定させるため、彫像の腰から四方へワイヤーロープを張り、台座の四角と結んでいきます。
彫像も設置された時… 1つの疑問が沸いてきました。
「あの肩から張ったロープはどうやって取り外すのだろう。」
と、日通の一人の方が、自らクレーンにその身を吊られ、彫像の肩あたりへ上がっていくのです。下から見てもゾッとするくらい怖い!! 事故でも起きなければ良いけれど… と、この時ばかりは彫像よりも何よりも、日通の方の身の安全をひたすら祈っていたのです。
そして、ロープはうまく取り外すことができ、ひと安心。
次は除幕用の幕を取り付ける作業です。これがまた、ものすごくたいへんでした。
どうやったら、うまく・しかも美しくハラリと幕を落とせるかという事を、この場でミーティング。
雨が降っていたこともあり、そのミーティングのすぐ近くにいた私達も、どうするのだろう?!と不思議でした。
細かい仕掛けをしながら4枚に分かれた幕を彫像の頭の上でまとめ、その結び目をパッと引っ張ることで4枚が分かれるように仕掛けているのです。
スタッフの方たちの目は皆とても真剣でした。
その時、日通の方が指を何かで深く切ってしまったらしく、血が止まらなかったのです。「大丈夫ですか…」と声をかけたくても その声すらかけられない程に、その場は張り詰めた空気が漂っていました。ましてや、好奇心が元でこの場に来て、親切さに甘え同席させてもらえてる身としては、ただただ何事にも口を挟んではいけないという感じでいたのです。その時の不思議な空気の流れは忘れられません。おそらく私達は邪魔な存在だったはずだけど、誰も何も言わない。出て行けとも邪魔だとも、まるで私達を見えないがごとく、皆、自分の仕事を真剣にやっていました。
幕を彫像にかけるため、再び日通の人がその身をクレーンに吊られていきます。ちょっとしたはずみで仕掛けの結び目が解けてしまい、幕は彫像の体をスルスルと這うようにしなやかにすべり落ちてしまいました。
それをリハーサルとし、本番用に再びセッティングのし直しです。
照明もセッティングされたのは、午前3:00…。
だんだんと作業も微調整に入っている頃、EPICの責任者の方が声をかけてくれました。
「リハーサルまで、まだまだ時間がかかりますよ」。
私達が「リハーサルは何時からですか?」と尋ねると、「…なぜ? 聞いてどうするの?」と言われ、「リハーサルが始まる前に私達は帰ろうと思うのです。今夜の本番の楽しみのために…」と答えると、ニッコリ笑って、「じゃあ、もうそろそろだね…。お疲れさまでした!」と言い、私達はその場を後にしました。
途中、日通の方々ともすれ違い、皆それぞれに「お疲れさまでした」と言葉を交わし、この日の出来事を終えたのです。(15日AM4:00)
…この日の出来事で感じたことは、どれほど多くの人達の手を経て1つのことが成し遂げられているのかを知れた点と、支えてくれる人がいてこそマイケル・ジャクソンなんだってことです。ツアー・スタッフが150人いたって当然かも…と思えました。
私達ファンも ファンじゃない人達も、表面に出てくる華やかな部分だけしか知らなさ過ぎますよね。
彫像を見ながら「台風が心配だよなぁ…」とつぶやいていたEPICの方…
流れ出る血をタオルで押さえていた日通の方…
彫像が飾られている日程中、夜通し交代で見張っているEPICスタッフの方…
そして遠くからこの彫像を見に来るファン…。
マイケルは、こんなどれものドラマを知っているのだろうか… なんてね。
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■9月15日(金)■
カウント・ダウン・セレモニー
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『 TOKYO DOME MICHAEL JACKSON カウントダウン・セレモニー 本日午後7時スタート 』
15日の日中から会場(22ゲート前)に止められたモニター車画面にはショート・フィルムが流され、夜のカウント・ダウン・セレモニーまでの間をつなぎます。
ドームでは野球が行なわれていたようで、野球が終わった後に出てきた人達もショート・フィルムに足を止めて観ていたり、ファンも次第に集まり始めたのは午後4時を過ぎた頃でした。
天気はいまいち良くなくって、ちょっと心配。
「除幕式はうまくいくのかなぁ。あの幕はスルリと落ちてくれるんだろうか。」
マイケル側からのカメラ・クルー(日本人)が集まった人達をカメラに収めたり、TV局や雑誌社のカメラ・取材陣も集まってます。
彫像前の階段に HIStory の垂れ幕が敷かれると、その前で記念写真を撮ったりしながら楽しむ人も!
あたりも暗くなり、ビデオモニター前にもいっぱい人が集まって、カウント・ダウンを待ちます。
除幕5分前から特別バージョンのフィルムが流れます。まずは You are not alone 、そして Childhood 、Scream 、メドレーで組まれたショート・フィルム…。
画面に漢数字のカウントが映り、「十、九、ハ、七・・・ 三、ニ、一!!」
彫像の台座からドワ―ッとスモークが噴き出し、色とりどりにライトアップされた彫像マイコーの出現!!
キャー!!という歓声の中、その姿がぁ~!!
幕はちょっとひっかかり気味でうまく落ちず、スタッフの人達が手でひっぱってるぅ~; うまくスモークに隠れていたのでそのトラブルはカモフラージュされたからホッ。
「スリラー」の音楽で彫像が現われ、集まった人達のカメラのフラッシュでそこらじゅうピッカピカ! どんどん人が階段の方へ行き彫像前で記念撮影大会!
しばらくの間それが続き、ラストはまた台座からのスモークが噴き出し、セレモニーの終了です。
セレモニーも無事に終わり、なごり惜しそうに人が帰って行きます。私達も夕食をとりにドーム横のレストランでひと休み。
和んだ後、もう一度、彫像マイコーの所へ行ってみると、柵は彫像の周りだけに狭められていました。
これから数日間、マイコーはドームに来る人達をここで迎えるのでした。
さて、このマイコー… 今この記事を書いている段階では、その後どこへ行くのやら ?ですが、話によると、神戸に行きそうです。震災復興の元気づけに役立って欲しいということだそうです。これはマイケル本人の希望でもあるそうですよ! 是非ともこの会報が出る頃には神戸に行っていて欲しいと願います。
その後は「札幌の雪祭り」って話もあるし、「とんねるずのハンマープライス」って話もあるとかないとか?
とにかく彫像マイコー万歳!!
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= M E M O =
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彫像はグラスファイバー製・高さ8m、台座の高さ2m。
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本来は台座の重さも合わせて1.4tだが、0.9t。今回の台座は日本にて木製で作られたもの。
台座の中の両端に大きな水槽があり、これに水を入れ安定させる為のオモリにしていた。
台座の裏には除幕するための階段があり、この台座の裏右側には中に入れるドアがあった。
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セレモニー用の幕は、前後左右4枚に分かれていて、左右がそれぞれ横幅2m・前後がそれぞれ横幅3m。
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足の裏に、13体中の10体目というナンバー入り。
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記録的大型台風12号が接近し、関東上陸! 17日の早朝、彫像マイコーのエンブレムが吹っ飛んでしまいました。やっぱし… あれってマジックテープで付いてたんだよねぇ…。
彫像デザイン製作 : Diana Walczakさん
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