= マイケル倒れる!! =
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「マイケル倒れる!!」 のニュースが飛び込んできて、もう頭の中がパニック !! …のはずなのに、こーゆー時って、なぜか妙にリアクションが起きないもんです; ドヨ~~ンとしたものが頭の中に沸いてきて、思考力が無くなっちゃう。 「…ハァ?! 何それ?? 今なんて言った?」 みたいな状態でした。
TVの各局がトップ扱いで報道をしているし、やっぱりこれはものすごい大事件なんだと自覚するまで結構かかりました。
数日後にHBO制作のワンナイト・コンサートでルンルン・ワクワク… ちょっと早めのクリスマス・プレゼントをもらえる浮き足立った心境だっただけに、この重大事件はキツかった…。
でも、もうそんな事なんてどーだって良くって、何しろマイケルの体が心配 !!
この原稿を書いている今は、既にマイケルは退院しているわけだけど、まだまだ心配だしペンも進みません。 ホントはこのページが全て 『ワンナイト・オンリー』 のコンサート内容をお伝えする為のものだったのに、まるっきり逆の事態を伝えるためのページになっちゃうなんて… モォー上へ下への大騒ぎ~~ !!
とにかく、この時点で判った事を書いてみるしかないので… ゴメンナサイ; 何しろ大あわてで書いているので、フォロー出来ない部分があったらホント、ゴメンナサイです;; 【'96年1月5日発行の会誌より】
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■12月6日■ マイケル倒れる!!
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アメリカ時間の12月6日 P.M.5:00前(日本時間の7日午前)、ニューヨークのマンハッタンにあるビーコン・シアターでHBO制作の特番 『マイケル・ジャクソン ワンナイト・オンリー』 のリハーサル中、突然ステージの上で倒れたマイケル。
ビーコン・シアター(以下“劇場”)から通報を受けたニューヨークの救護隊は、その4分後に急行。
マイケルが倒れた現場に居合わせた2人の女の子の話によると、
「マイケルはライトを浴びて、ダンスナンバーを歌い踊っている最中に、崩れ落ちるように床に倒れ込んだの。」
「何台もの消防車やパトカーやその他いろんなものが広い通りを遮断し、そんな中でマイケルは担架に乗せられ病院へ向かったわ。」
という状況だった。
また、救護隊のスポークスマンの話によると、
「マイケル・ジャクソンであるとは聞いていなかった。深刻な容態だという事でしたので出動要請にはすぐ応じたのです。」
マイケルを救護した救護隊員は、その時の様子を次のように伝えている。
「最初にマイケルをみた時、床に横たわっていて半分意識を失いかけていた。とても疲労していたようだし、看たところ脱水症状も起こしていた。救急車の中では酸素や点滴を与え、応急処置を施した。」
マイケルは、ベス・イスラエル・ノース病院に運び込まれ、診察された。
その診断書の内容は、
「マイケル・ジャクソン氏は数日間、胃腸病・脱水症・電解液のアンバランスによる肝臓と腎臓の機能低下の諸症状により、精密検査及び治療を必要とします。」
となっている。
病院側の説明によると、マイケルは運ばれる際に点滴を受けて意識は戻ったが症候状態が続いていて、兼ねてからの低血圧状態がさらに低く40-70にまで下がっていたということだ。
倒れた直接的な原因は脱水状態によるものと見られるが、成人値の半分しかない血圧が危険な状況を作っていた。
とにかくこの日は入院をして検査をすることとなる。 医師団は、
「容態は安定したが、注意深く見守りたい。」
と語っていた。
この日、マイケルと同じく 『ビルボード・アウォード』 に出席するはずだったジャネットは、同じニューヨークに居たこともあり、誰よりも先に病院へ駆けつけた。
その様相は、取るものも取りあえずといった感じであった。
一方、劇場に残ったその後の人物・HBOのスポークスマンは、
「マイケルは居ませんが、私たちはリハーサルを続け、花火を上げる練習もしています。マイケルの主治医は現在LAからニューヨークに向かって飛行機で移動中なので、明日の朝までは何も申せません。」
とコメントした。
そして、意識を取り戻し医者の口を経て伝えられたマイケルの言葉は…。
「マイケルは、“世界中のファンはもちろんのこと、看護婦さんや医師の方々、そしてスタッフに心から感謝している” と述べています。」
というものだった。
世紀のメガ・スーパースター “マイケル・ジャクソン倒れる” のニュースに始まった この1日の出来事は、コマ送りで観ているビデオのように永かった。
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■12月7日■ 容態と周囲の動向
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次の日もニュース各局がトップ扱いで報じる。
アメリカの音楽専門チャンネルでは、マイケルの容態を常にテロップで流し続け、また、各紙が一面トップで大きく取り上げている。 「症状は持ち直しており、快方に向かっている」 と伝えられた。 マイケルは倒れる1週間前から風邪をひいていて、連日のリハーサルの過労も重なっていたらしい。
「未だに姿を見せない」 と、リサ・マリーの事が取りざたされた報道があったりもした。
マイケルは快方に向かってはいるものの、絶対安静状態を続け、医師団はさらに数日間の入院が必要と判断。
HBOの特番は “無期延期” とされた。
夕方、病室にはマイケルの自宅にあったシャーリー・テンプル(往年の名子役少女)のポスターやミッキーマウス,トッポジージョ等のポスターが、マイケルを元気づける為に運び込まれた。
この日は、リサ・マリーや キャサリンママ・長姉リビーなども病院に駆けつけた。 ジャネットも前日に引き続き、またダイアナ・ロスも病院を訪れた。
- ニューヨークでは寒波が来ているにもかかわらず、各国から来たファンも心配して病院前に詰めかけた。
ロシア・フランス・日本・ボスニア・バハマ等から来ていて、報道のマイクに応えている。
- o もし、出来ることなら私が代わってあげたい。
- o マイケルが病院に居て、僕たちの愛とサポートを必要としているから、僕たちはここに居るんです。
- o もう一度歌って、また違うアルバムを創ってほしい。私たちにはマイケルが必要です。
まるでドラッグみたいなものです。彼が必要なんです。
- o 彼には私たちがついています… 早く治るといいわ…。
- スター達もメッセージを語っている。
- o Salt N' Pepa ― 早く良くなってね。ストレスがあることもよく解るわ…。
- o アル・グリーン ― 早く良くなって! King Of Popなしでは、僕たちは続けられないよ。
マイケルの症状について、担当医師は
「倒れる1週間前から感染症で体調を崩しており、下痢のため脱水症状を起こし、血圧が低下したところで心拍数が症状したために倒れた。」
と説明している。
LAから駆けつけた主治医も、
「ウィルス性感冒が10日以上も前から続いていた。」
と語っている。
また担当医は、一部報道された “薬物使用による原因” については否定している。
マイケルは固形食を食べられる位までには快復しているようだった。
低血圧に関して、ジャクソン家をよく知る女性は
「マイケルは以前から低血圧だった。」
と語っている。
- = この症状からみた ある医師の見解 =
おそらく、胃炎ということは胃から来る風邪のような状態でしょうし、脱水症状にもなっていて、ナトリウムとかカリウムのレベルが下がっているという事・そして腎臓と肝臓の機能が低下しているので、その検査をするのだと思います。
早期発見だから助かったのです。
最大の危険性は、ショック症候群になってしまう事です。そうなると組織が永遠にダメになり、死ぬ場合もあります。脱水症状も軽んじてはいけません。
ですから、早い治療が必要なのです。
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■12月11日■ 経過
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11日、集中治療室から一般病棟へと移った。
さて、病院には連日電話が殺到し、病院側はついにそれに応えるための電話サービスを始めた。
- = 電話サービス =
これは、マイケル・ジャクソン氏の容態についての録音テープです。
ジャクソン氏は個室に移され、症状は快復しています。
明日12日(アメリカ時間)午後に退院の予定です。
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■12月12日■ 退院 !!
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そして、アメリカ時間の12月12日(日本時間13日)に、めでたく退院の運びとなる !!
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病院前で寒波(氷点下)の空の下、ずっと見守り続けたファンは心から喜んだ。
その口々から出るコメントは…
- o (感極まった男の子) 6日間ずっと待ってたよ。氷点下で… ほら、もう手も動かない…。
とっても寒いけど、マイケルへの想いはホットさ !!
マイケルは何の助けもなく、ちゃんと自分で歩いてたよ !! 奇跡みたいだ !!
コンサートもレコードも、急がなくていいんです。ゆっくりと休んでほしいですね。
- o 本当に嬉しくって、何て言っていいのか…。
- o 快復したと聞いて、本当に嬉しく思います。
- o 退院すると知って喜んでいます。健康で元気でいてほしいと思います。
- o あっという間だったけど、見れて良かったです。
- o 少ししか見れなかったけど満足です。
- o 胸がいっぱいで、もう何も言えないわ…。
- 無事退院はしたが、「今後も通院が必要である」 と報じられた。
= マイケルの主治医アラン・メッツジャー医師たちによる会見 =
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彼は数時間、極めて深刻で危険な状態だった。
ウィルス感染による重度の胃腸炎で、胃痙攣・脱水症状・高熱などに侵されていた。
応急処置として栄養補給の点滴が施され、大量の液体が投入されたが、通常のカテーテルが使えず中心静脈カテーテルによって糖分・カロリー・脂肪分・電解質などが投入された。
ショック状態で低血圧・低カリウムなど危険な状態が続き、退院前日にようやくカテーテルが外された。
彼は、確かに深刻な不整脈状態を引き起こした後、軽いショックに見舞われており、決して見せかけや精神的な病気などではなく、あと15分遅ければ死の危険があった。
6日間の入院生活を終え、笑顔で現われたマイケル !!
病院の入口前に集まったファンに手を振り、ピースサインで応えるマイケル。 カワイイ笑顔はやっぱり世界の宝物 !!
まだちょっぴり元気いっぱいとは言えないけど、世界中が待っていた笑顔を見せてくれただけでOK!OK! Very Goodです。
治って良かったぁ… と、やっぱり涙が出ちゃったのでした。
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■12月17日■ 静養の地へ
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退院して間もないってのに、どこに居るのかと思えばこんなとこに !?
マイケルが姿を現わしたのは、なーんとフランスの 『ユーロディズニー』 のホテルでありました。
窓からピースサインでご挨拶 !?
のんびり、ゆったり、ミッキーやミニーと共に休養してね !!
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= 体験レポート 『 HBOコンサートがキャンセルされた日 』 =
“The Legend Continues FC”会報より
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'95年12月5日(火曜)、5人のファンがニューヨーク行きの飛行機に乗る準備をしていました。
もともと友人と私だけが行くつもりだったのですが、HBOコンサートの日程が近づくにつれ、他のファン達も我慢できなくなったのです。
最終的には、私たちのクラブからは7人のメンバーが、オランダからニューヨークに向けて飛び立ちました。
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翌朝6日(水曜)早くに、私はボブ・ジョーンズ氏のところに行きました。
ジョーンズ氏はとても親しげで、親切にも、マイケルがビーコン・シアターでリハーサルをする予定だという事を教えてくれました。それで私たちはジョーンズ氏の家からビーコン・シアターへと向かいました。
裏口に着くと、そこにはほんの少しのファンしか居ませんでした。2台のトレーラーがあり、入口の前の右側の方はマイケルのものでした。
そこでしばらく待っていると、マイケルのバンが信号で止まっているではありませんか。
私がバンに駆け寄ると、マイケルの手が窓の向こうで振られているのが見えましたが、他のファン達も窓に顔を押しつけて中を覗こうとしていました。 ボディガードが窓を開け、友人はマイケルに書いた手紙を渡すことが出来ました。
プレゼントとクリスマスカードをちゃんと用意しながら持っていなかったなんて、何て私はバカだったんでしょう。私はそれらの物をバッグの中に仕舞っていたので取り出す時間が無かったのです。
マイケルはバンからトレーラーへと移り、私たちは手を振り叫び続けました。 私はボディガードの1人にマイケルへのプレゼントを預け、他のファン達もそれに続きました。
その時、びっくりするような事がありました。
ビーコン・シアターに行く前にビル・ブレイ氏がトレーラーから出てきて、友人の所に来たのです。マイケルがメッセージを書いてくれたのです。
マイケルはその日、他にも3つのメッセージを書いてくれて、そのうちの1つは私あての物でした。 マイケルから返事がもらえるなんて大感激!
マイケルは、ビーコン・シアターとトレーラーとを行ったり来たりして、その度に私たちはしっかりとマイケルを見ることが出来ました。
一度、私たちが歌を歌い始めた時など、マイケルはトレーラーの窓のところまで来て手を振り、私たちがあげたプレゼントや手紙を見せてくれました。
画像は12月4日のもの
私たちはそれからビーコン・シアターを離れ食事をし、ココアを飲んで(外はとっても寒かったのです)、買い物をしました。
私たちがビーコン・シアターに戻ってきた時、そこは大パニックでした。
マイケルが “Black or White” のリハーサル中に倒れ、今、救急車が呼ばれているところだというのです。 皆が涙をこらえようと必死でした。
10分後、救急車が到着し、マイケルが運ばれていきました。
誰も何が起こったのか説明してくれる人はありません。
私たちはマイケルがどの病院に運ばれたのか知ろうとしていましたが、彼らが違う情報を流したため、私たちは全く違った病院で待っていました。
そこで私たちは、ここはひとまずユースホテルに戻ってニュースを観た方が良いのではないか、という事になりました。
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翌7日(木曜)、私たちはマイケルが “Beth Israel Medical Center” という病院にいることを知りました。
私たちがまずした事は、大きなお見舞いカード作りでした。 赤ちゃんの写真の大きなポスターを用意して、ヨーロッパからのファンがその上にサインをしました。
その日の午後、マイケルの容態について病院から正式に発表がありました。
マイケルは安定しているとはいうものの、その内容はそれでもショッキングなものでした。状態はとても深刻だというのです。
その日から毎日、私たちは病院の外に立ち続けていました。
マスコミのインタビューに応えたり、手紙を書いたり、プレゼントを渡したりすることでマイケルを支えようとしていました。
最初、私たちは大きなクマのぬいぐるみを贈ろうとしていたのですが、ボディガードの人が 「それは大きすぎてマイケルの病室には置けない」 と言うので、スペイン人のアーティストが作った磁器製の子供たちの彫刻をプレゼントすることになりました。 沢山のファンがお金を出し合ったので、1,000ドル以上もする4つのステキな彫刻を買うことが出来たのです。
後になってボディガードから、マイケルがそのプレゼントをとても気に入っていたと聞くことが出来ました。
その間にも、たくさんの人がお見舞いにマイケルを訪れました。
リサ・マリー、キャサリン・ジャクソン、ジャネット、リビーとその娘たち、ダイアナ・ロスと2人の息子たち、それに3Tもです。
あるアメリカ人など、クリントン大統領を装ってマイケルに電話をかけました。病気だったマイケルは、電話は大統領からだと思い込んだようです。
その後、この電話の内容はニュースの的になりました。マイケルの声は弱々しく、胸の痛みを訴えていました。 ほんとにとんでもない事をする人がいるものです。
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毎日毎日、マイケルの容態について新しい情報が流れてきました。
救急隊員が12月6日にビーコン・シアターに着いた時、マイケルの脈拍は弱く、血圧はとても低かったそうです。 マイケルの体は冷たく、汗をかいていて、心臓も止まりかけていたとか…?
マイケルの主治医がカリフォルニアから駆けつけました。
彼が言うには、マイケルは何時間もの間、ひどく危険な状態だったそうです。
病院と、保険会社の医師たちがマイケルの状態の記録を見た時、マイケルは15分以内に死んでいても不思議ではなかったという点で一致したそうです。
マイケルは、マイケルの事を殆んど知らない医師たちに治療されていたので何日間も重体だったとの事です。
Metzer医師が、マイケルに処方された処置について説明しました。
- 静脈注射で栄養と水を与える。
- 普通のカテーテルでは、彼に必要な物を与えることが出来ないので、水分と高い効能性の砂糖、カロリーと油分、そしてナトリウムとカルシウムの電解液を与える。
- 現在の状態は、低血圧と、ナトリウム・カルシウム不足が危険なレベルだということ。
このカテーテルは、病院を出る1日前に外されました。
マイケルの姉ラトーヤは、これはマイケルの公衆に対する策略ではないかと言い出した。
「マイケルの病気は見せかけのものではない。本当に深刻な症状だ。」
と Metzer医師は語りました。
「救急隊員が駆けつけた時、彼はすでに心臓の不整脈で苦しんでいた。そして彼は2回目のmilner発作を経験した。」
マイケルの生活が関係あるのでしょうか?
彼の身体的・精神的・性的または感情的な問題が、この病気に関係あるのでしょうか?
「彼はAidsではない。それは彼の現在の状態において事実ではない。」
と Metzer医師は語ります。
「マイケルの整形も原因ではないし、彼が持ったであろう精神的なストレスも原因ではない。」
前兆についてはどうだったのでしょう? 人間が何の前兆もなく突然苦しみ倒れたりするのでしょうか? マイケルは前から体調が悪いと主治医に訴えてはいなかったのでしょうか?
Metzer医師は続けて語りました。
「マイケルは数日前、気分が悪いと言っていた。でもそんなに深刻なものとは ほのめかしもしなかったんだ。
その時にマイケルの近くにいた人物が教えてくれた。 “ジャクソンは熱いライトの下で歌い踊りながらエネルギーを発散していた。扇風機で突風を吹かせながら。”
ひとつの兆しに “下痢” があったが、彼はその言葉を使いたくなかった為、この兆しを大袈裟に取り上げなかった。 彼は化粧を厚く塗り、病人顔を元気なように見せかけていたのだ。 彼の顔色が良さそうだったので、誰も指示なんて出来ない。 彼には既に脱水症状があったが、自分が真剣に治療の必要があるとは判っていなかったのだ。」
Metzer医師の同僚であり友人でもある Robert Laiita医師は有名人の主治医ですが、単純明快に言ってのけます。
「病気の時は、誰でもただの人間だ。
スーパースターは家で寛ぐことは出来ない。人を満足させるだけのお金はある。
スターの写真なんかで大金を稼ぐ投資家もいれば、自分たちと同じ人間だという事を解っていないファンもいる。 私たちは、このように1日18~20時間も働く人たちが私たちと同じ身体機能を持ち、病気もするんだという事を忘れている。長生きは出来ないね。ニューヨーカーだったとしても無理があるよ。
マイケル・ジャクソンは、やめなければならない事に対してかなり抵抗を感じた。でも彼は役者だね。」
Laiita医師は続けた。
「彼はアイコンの1人かもしれない。でも彼だって人間で、彼の倒れた原因の一部は極度の疲労なんだ。
何が起こるかといえば、身体機能は彼自身のために止まってしまう。この場合も… だから彼は気を失ったのだ。」
それで、実際のところ病名は何なのでしょう?
「ひどい胃腸炎。
ウィルスの腸感染によって胃痙攣、吐き気で食べたり飲んだり出来なかった。
彼は華氏99.9度しか熱がなく、身体中の液を失って脱水状態だった。 ミネラル・カルシウム・ナトリウムも不足していた。」
「彼は具合が悪かったが、彼自身ではどうする事も出来なかった。 薬と時間と栄養摂取が必要だったが、マイケル自身が気づかなかったので、体調の悪さをほのめかしたりもしなかった。 これは誰にも起こりうる事さ。」
Metzer医師はここには戻っていませんでしたが、2人の医師がマイケルを看ていると言いました。
彼らが調べている事のひとつに、1日に20時間でもダンスすることの出来るマイケルの “食生活” がありました。
「彼は肉が好きではなく、魚や野菜、チキンスープ等が好きらしい。」
医師たちは、マイケルにもっとプロテインを摂り 1日2クォーターの水を摂るよう指導しました。
「今日、初めてマイケルは元気になったと言える。1月1日にはマイケルはまた仕事を再開することが出来るだろう。」
病院側は連日ステイトメントを出してくれた (※画像をクリックすると大きい画像で見られます)
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私は10日(日曜)に、いくつかの理由により止むなくニューヨークを離れました。
でも幸運なことに、私が帰る頃にはマイケルはだいぶ良くなってきていました。
12日(火曜)、マイケルは退院しました。 彼は、病院からバンまで自分で歩いていったのです。
その場はマスコミとバン、それに紙吹雪を投げるファンでごった返していました。
10人位のファンは、マイケルのホテルまでタクシーを飛ばしました。 驚いたことに、彼らはマイケルよりも先にホテルに着いたのです。 マイケルも彼らをまた見た時はびっくりして、もう少しでカーテンをひいてみようかとしていた位でした。
マイケルは17日(日曜)までホテルに滞在し、ユーロディズニーに向けて出発しました。
今は、私は何も心配はしていません。 夢の王国にいるのならマイケルは元気に決まっているからです。
今はただ、HBOコンサートがもう一度開かれることを待っているだけです。 世界中で何よりも、それだけは見逃したくないから。
マイケル、絶対行くからね。 Willy
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