≡ DANGEROUS Tour in ITALY '92 ≡
【 コンサート in ROME & MONZA 】
( VOL.46 / Aug 1992 )
さぁ~~ いよいよ始まった 『デンジャラス・ツアー』 。
たーっぷりレポートしてありますので、これ読んでコンサート気分にひたりましょ !!


Reported by : バブルスN

■7月2日■ ROME着
 成田へ行く朝は雨が降っていました。
 思えば、成田へ来るのはマイク・タイソンの騒ぎがあった日以来だったので、少し懐かしかったナ。
 【※'90年2月、マイケルがタイソン戦を観覧しに来日するとメディアが騒いでいた】

 無事イタリアに着いてホッとしていると、空港ロビーでTV局の人が数台のカメラとライティング機材で何やらスタンバイしている様子なので、これはマイケルがローマに到着したのかもしれない! と、ドキドキしながら待ったのでした。
 今か今かと待ちわびて、やっと始まったのがTVドラマ(?)の撮影だったので、私たちの疲れは倍増したのでした。
 イタリアは、夜9時頃までうっすら明るいのでビックリしましたが、ホテルに辿り着いた時にはもう真っ暗でした。



■7月3日■ ROME
 いよいよ明日はこの目でマイケルが見れると思うとドキドキしてもいいはずなのに、街にはポスターの1枚も貼ってないので、すっかり不安になったのでした。

 早速、明日のために現地スタジアムを視察に行くと、チケットブースらしき小屋を作っている現地スタッフのお兄さんを発見。
 チケットのことを訊くと、明日の朝11時に当日券が発売されるとのこと。 イタリア人らしきそのお兄さんは、マイケルのことを 「マイコロ・ジャクソン」 と言ったので、なんか笑っちゃいました。

 やっとひと安心した私たちは、その後マイケルが泊まっているマジェスティック・ホテルへ行ったのでした。
 ホテルへ行くとMJファンがたくさん居たので、すぐにマイケルがこのホテルを利用しているらしいという事は確認できました。
 ホテルは、石畳の少し急な坂道を上りきった所にありました。
ホテルの前では、ファンの女の子が今朝の新聞を広げ、マイケルの記事に目を通していました。周りには大きな樹があったりして、とってもいい天気だし、すっかり和んじゃった私たちはアイスクリームなんぞを食べながら、“今頃マイケル何してるんだろうネェ~” なんて言ってたんです。

 すると、“キャ~~!” という叫び声とともにファンの一団が、のんきな私たちを尻目に坂道を駆け下りているではありませんか!
 “えっっ?! 何?!何?!” “何なのォー?!”
 気がつくと、私はアイスクリームを片手に坂道を駆け下りていました。(条件反射?)
 坂道を下りきった所に、追っかけ用のタクシーが数台並んでいました。どこの国でも同じですね。
 結局、何が起きたのか解らないまま騒ぎが収まったので、私たちは “良かったねぇ、下り坂で~。これが上りだったら走れないよねぇ~” なんて、再び和んだのでした。

 しばらくすると、ファンの一団がホテルの方へ集中している !!
 “えっっ?! 何?!”
 気がつくと上り坂を全力で走っているのでした。
 どうやら、マイケルが外出先から帰って来たようなのですが、イタリア語が判らないので、集団が移動してからじゃないと 事が何なのか飲み込めないのが不利でした。
 車から降りてホテルへ入る時、集団の叫び声はさらに高まりました。
 一緒のグループの中には、ビルが見えて その後マイケルの黒い帽子が見えた人がいましたが、結局私は何も見えませんでした。でも現地ファンの女の子は何か叫びながら抱き合って喜んでいたので、本物のマイケルだという事は解りました。
 どこの国へ行ってもこの騒ぎかぁ、と思うとマイケルが可哀想だなって考えましたが、ふつうの生活って、まず無理ですよね。


イタリアで 『ヒール・ザ・ワールド基金』 への寄付を受ける



■7月4日■ ROME - コンサート(1)
 朝11時に間に合うようにホテルを出ると、スタジアムのチケットブースに直行し、当日券を手に入れようと意気込んでいました‥‥が、結局当日券は発売されないということだったのですっかり泡食ってしまった私たちは、何とかチケットを手に入れようと本当に焦っていました。
 ちょうどそこへやって来たのは、見るからに 『ラテンの血が騒ぐぜっっ』 って感じのおっちゃんでした。
 私たちはそのおっちゃんからチケットを買うことにしたのですが、なんせ片言の英語にあとは身振り手振りでしょ。おっちゃんったら全然他人の話を聞こうとしないで一方的に食ってかかるので、だんだんエキサイティングしてきてお互い大声で、まるでケンカしてる気分になったのでした。
 それでもアリーナとスタンドと両方のチケットが欲しいと説明して やっとチケットを手に入れた頃には、周りには関係ない人まで集まっていたのでした。
 ローマでのコンサートチケットは、とてもきれいな印刷でした。

 私たちは、アリーナで観る人とスタンドで観る人とそれぞれ別れて行動することにし、その場で別れました。
 アリーナで観ようと決めていた私たちは、まずはトイレを探しにスタジアム周辺を歩き回りました。
 ゲートに並ぶ直前まで、日本から持参した紙オムツをつけるかつけないか、私たちは真剣に悩んだのでした。はずかしい;
結局必要なかったけれど…。
 
【 いよいよコンサート 】

 開場までまだ何時間もあるのに、もうゲートの前には人が大勢立ち並んでいて、その人だかりのバカ騒ぎを見ると あまりの激しさに見ているだけでゾッとしました。
 その日はとても暑くて、午後2時ちょっと前から並んだ私たちは、それが どんなに無謀なことなのか 考えてもいませんでした。
 立ちっぱなしの上に、前の人の背中と自分の胸・そして自分の背中と後ろの人の胸がピッタリとくっついて、両肩も押されてギュウギュウ。 太陽はカンカン照り。 その上イタリア人の会話はまるでケンカしているみたいに大声で、吠える男はいるし叫ぶ女はいるし、周り全体がうるさくて まるで野獣のようでした。
 立っているだけならまだマシで、ギュウギュウの状態のまま 右にドド~~ッと押され、また左にドド~~ッと押されて、さながら 巨大押しくらまんじゅう のような状態が、コンサートが始まってからも延々と続くのでした。 その度に 『倒れたら圧死する!』 と必死になって耐えるのでした。

 ゲートが開いたら、入口が狭いのに後ろから押されて押されてなかなか入れず、本当に圧死するかと思いました。マイケルの場合、この人だかりが全てマイケルに向けられるんだから、本当に怖いだろうって考えました。
 ゲートを突破した時、『生きてて良かったぁ~~;』 と思わず涙が出たのでした。 でも休む間もなく、今度は走って走って走って、やっとステージの前の方にたどり着くことが出来たのでした。
 倒れ込むように座ってペプシを1口2口飲んだかと思うと、何かのはずみでまた群衆がドド~~ッと前になだれ込み、また巨大押しくらまんじゅうが始まりました。 既にこの時点で脱落者が何人も出ていたし、人の熱気で空気が薄くなっていたので、あごを突き出し、まるで金魚のように口をパクパクしないと息さえも満足に出来ないほどでした。
 前座のクリス・クロスが登場する前にこの状態なので、前座が出たらと考えると気が遠くなりました。
 案の定、前座の登場でアリーナはパニック状態になり、脱落者がゾクゾクと運ばれました。
 水とかをバケツやホースで撒いてくれるのかと思いきや、ドリンク用のボトルで最前列の方だけにチョロっと撒くだけ。 みんな水を求めて前に押し寄せる押し寄せる。
 最終的には強い男だけ生き残るって感じで、まるで野生の王国。
 こんなんじゃ~死んじゃうョ~~; でもマイケルを見るまでは死ぬもんか~~と、それだけを考えてひたすら待つのでした。
 
【 マイケル登場 】

 やっと辺りが暗くなった9時すぎ、バ――ン !! すさまじい花火とともに空中から一瞬にして(少なくとも私にはそう見えた) ステージ中央に現われたマイケルは、ピカピカのジャケットにサングラスでポーズをとって立っていました。(けっこう長い時間)
 ゆーっくりとサングラスを外すと、オープニングは "JAM" 。 シャープなダンスで、“えっ こんなにかっこ良くていいの?” ってくらいかっこよかった ひと言で言うならジャネット風のダンスって感じにしか書けない私をお許し下さい;

 "JAM" の後、ジャケットを脱がせに(?)暗闇から人が出てきました。ジャケットを脱いだマイケルの姿は、MTV10周年の時みたいな黒のズボンに光沢のある黄色のハイレグ・ルックで、後ろ姿はふんどしのようでしたが、さすがマイケル、それなりにかっこいいのでした。
 しかしながら、その後半分気を失っていた私は、ここから "ビリー・ジーン" まで記憶がとぎれとぎれなので、憶えている部分をかいつまんでレポートします。

 それから少し経って、何の曲か憶えてないんですが、突然曲の途中で男の人がステージの向かって右から現われて、マイケルに近づくとマイケルの首にタオルをかけようとしました。 マイケルは客席に少し背中を向けるような感じで、少しびっくりして1~2歩あとずさりしながらも、まるでメダルでも受け取る時のように男からタオルを首にかけてもらったのでした。
 私は “あれれ?” と思いながら、("JAM" の後にジャケットを脱がせたように) ここでも衣装係の人が何かするのかと思いきや、その途端、バックダンサーのラベル・スミスがすごい険しい表情で、その男の腕を引っ張ってステージの左端に引き戻そうとしているのが見えて、両端からセキュリティーらしい大柄の男が数人ダッシュで男をステージの左に押しやっているのが見えました。
 マイケルは何ごとも無かったように歌い続けましたが、正体不明の男にかけてもらったタオルは、すぐに首から外すとステージ後方に放り投げたのでした。
 その後、曲の前奏か間奏か憶えていませんが、マイケルがドラムの所まで行って、男が入ってきた右の方を指さしていましたが、顔の表情がよく判らなかったのでどういう事なのか判りませんが、後から考えてもやっぱりその男は正体不明なのでした。

 "キャント・ストップ" でのデュエットの相手はサイーダ・ギャレットでした。 他のメンバーは、BADツアーとほとんど替わっていないようでした。

 その後の "シーズ・アウト" でステージに上がった女の子は、キャーキャー叫びながらピョンピョンジャンプするので、マイケルは何度か抱きしめながら笑っていました。
 女の子がステージから降りる(降ろされる?)時、マイケルはその女の子に 「I love you」 と言いました。

 その間にも、ビデオさながらの脱落者が、人間丸太ン棒のように頭上を転がっていきました。
 突然誰かのお尻が私の後頭部を直撃、私はその人の重さに耐え切れず地面近くまで崩れました。
 イタリア人は怠慢なのか、必ずしもビデオのようには人間ローリングが成功するとは限らないという事を、私は身をもって知ったのでした。


※当日の写真ではありません

 "ビリー・ジーン" が始まると、やっと押しくらまんじゅうが収まり、周りの人もマイケルのステップに釘づけになりました。
 ムーンウォークもさらに磨きがかかり、その完成度は素晴らしいものでした。


 "ビート・イット" でマイケルがクレーンに乗って近づいてきた時、周りの興奮は頂点に達し、大男でさえも泣き叫ぶように手を振るのでした。
 私は声を出そうとしても喉がカラカラで声も出ないし、涙も出ないほど体中の水分が蒸発して、まるで干乾しのカエルが喘いでいるような姿だったに違いありませんが、それでも私は、懸命に歌うマイケルに力の限り手を振ったのでした。

 ラストの "マン・イン・ザ・ミラー" で 上から3つのBOXが降りてくると、歌い終わったマイケルはステージの右の方で白い宇宙服(レーシングスーツみたいでかっこいい)を着て、ステージ中央で手袋をはめ、ヘルメットを被り、左のBOXに行きます。
 その怪しげなBOXから何事もなかったように出てくると、中央に用意されているジェット噴射を背負い、左手の人差し指で天を指さすと、すさまじい爆音とともに宙に浮き、ステージ右側のスピーカーの前を通って後ろに飛び去ったのでした。
 “あららっっっ 飛んじゃったぁ…”
っで、コンサート終了。

 会場を出たら、夜風がとても気持ち良かった
 私は、マイケルを見れた喜びと生きて帰れる喜びでいっぱいでした。 アリーナで帽子は取られるし、時計も壊れちゃったけど、そんな事はどーでもいいくらいマイケルはステキでした。
 ホテルに帰ってお風呂に入って、体中アザだらけでびっくりしました。 同行者に看護婦さんがいたので、シップをもらったりして本当にお世話になりました。ありがとNe



■7月5日■ MILANO
 この日はローマからミラノへの移動日だったので、前日の疲れが残っていましたが そうゆっくりもしていられませんでした。

 ミラノの空港に着いて荷物が出てくるのを待っていると、ジャッキー兄ちゃんがいました。
 最初は、似てるよねぇ~くらいだったのですが、サイーダ・ギャレットもいたので、私はすぐにミーハーになりました。
 いつか観たミュージック・フェアの時のイメージとは違って、近くで見るサイーダはやっぱりかっこよかったナ。 昨日のコンサートで、マイケルが彼女を 「サイーダ !!」 と呼ぶまで、私は “シーダ” だと思っていたので、声をかける時に間違えなくて本当にヨカッタ
 「サイーダさんですか?」 と声をかけると、笑顔で返事をしてくれました。
 「昨日、コンサートへ行きました」 と言うと、「どうだった?」 と訊き返すので、まさか 「マイケルのハイレグ・ルックには驚いたわ !!」 なんて言えないので、「良かった! Great!」 と答えるのが精一杯。
 みんなで一緒に写真を撮った後、今度はジャッキーのとこへ。
 ジャッキー兄ちゃんも快くみんなと一緒に写真を撮ってくれました。ジャッキーの声は優しくて、会話してるのを聞くと 「あ~、JACKSONだなぁ~」 って感じ。


 前年'91年8月、父ジョゼフのバースデイパーティにて (レストラン“SPAGO”@LA)

 この時私はノーメイクだったので、本当に “化粧しとくんだった;” と後悔しました。
 


■7月6日■ MONZA - コンサート(2)
 午後2時まで電車がストと知って、いったんホテルへ戻り、ひと息ついて2時に駅に行きましたが、いっこうに電車が動く気配がないので、バスでモンツァに向かいました。
 モンツァから会場までどうやって行くのか、街の人に訊いたりしました。(マイケル・ジャクソンって、みんな知ってる世界共通語よねぇ!)
 会場までバスで行きました。

 会場は、アパートみたいな一般住宅街の中を通り抜けた所にありました。
 チケットのことが気がかりでしたが、翌日のチケットは既に手に入れているし、当日券もすぐに手に入りました。
 会場の近くにウロウロしている血の気の多いイタリア人ダフ屋は、なぜか急にケンカを始めたりするのでした。ローマでもコンサート中にあちこちでケンカしてる人がいたし、ほんと、パワーありますョ。
 会場の入口で、ローマのダフ屋のおっちゃんがいました。お互いに “こんなとこまで来てやがる !!” と思ったに違いない。

 会場入りすると、5時頃なのに客の入りもまばらで、ローマとは違い 妙に和んでいるので、なんだか拍子抜けした感じ。
 パラパラと雨が降り始めたせいか、アリーナの人数は少ないし、みんな座って行儀よく待っているのを見て、ローマのあの殺気は一体なんだったのォ? と、しばし唖然。
 ローマでアリーナのコツを掴んだ私は、またアリーナに挑戦する事にして、スタンド席からアリーナへ直行したのでした。(モンツァは指定席以外はどこにでも行けました)。
 コンサートが始まる頃には雨もあがり、会場の混み具合もそこそこになりましたが、ローマのことを思うと、ここのアリーナは天国でした。

 ステージの両側には大きな垂れ幕が3枚ずつあり(3枚で1つの大きな絵になる)、その横にスクリーンがありました。
 今回は中間にバンドブレイクが無く、スクリーンをうまく活用したステージ構成は BADツアーよりも流れがスムーズでしたし、垂れ幕も曲によって絵が替わるようになっていて、ステージも上下に動き、かなり大掛かりなセットなので驚きました。

 すっかり夜になって暗くなった頃、スクリーンにマイケルが幻想的に・そしてドラマチックに映し出され、最後に両腕を広げたマイケルが星くずのように消えると、また花火とともにマイケル登場。やっぱり空中から飛び出たようにしか見えないのでした。

 いつものように曲目をこなし、ステージに3枚のスクリーンが下りてきてマイケルのシルエットが映し出されると、 "スムース・クリミナル"
 ハイレグにクリミナル用のジャケットと帽子を着用したマイケルのこの曲の見どころは、映画ムーンウォーカーのシーンみたいに、一度ななめに倒れて又そのまま元に戻っちゃうってとこですが、この日はうまく行きませんでした。


ダンサーのオーディションでは、ここから戻る背筋力の有無でほとんどの人が落選したという話
(靴底を固定する仕組みはあるが、体勢を戻す仕組みは無く 自力で戻すため)

 "キャント・ストップ" でサイーダとマイケルが横に並んで歌う時、マイケルは右手でサイーダの右太ももに手を置きました。 2人が並ぶと、サイーダの方が大きく見えました。
 最後にマイケルが、"♪And if I stop …" と歌ってシーンとなると、客席のみんなが "♪Then tell me just what will I do~♪ I just can't stop loving you~♪" と歌うので、マイケルはニコニコ笑っていました。

 その後の "シーズ・アウト" でのラッキーガールは、ローマとは違っておとなしい子でした。
 この曲で、マイケルがうずくまって動きが止まると、必ずイタリア人は "♪ア~エ~オ~♪" と吠えるのでした。 そして忘れた頃に、"♪…… ラ~~イフ… ン~♪" と声を震わせ歌い終わるマイケルに、アリーナは異常に盛り上がるのでした。(日本ではまずこの盛り上がりは不可能)

 "モータウン・メドレー" で最後に兄弟の名前をひとりひとり言って、「I love you all.」 とマイケルが言った時、やっぱりマイケルの原点はJACKSON 5で、これからもずっと兄弟や家族を愛し続けながらモータウン・メドレーを歌い続けるんだろうなぁって思うと、胸がキュ~ンとなって しばし感動する私でした。

 "スリラー" では白と黒のジャケットで登場し、最後にマジックで消えると、2階のステージに突然現われてスポットライトを浴びて "ビリー・ジーン" 。 ゆっくりと歌いながらステージごと下りてきて、定位置に収まります。
 今回は、曲によって ちゃんと靴を履き替えているようでした。

 その後スクリーンに "BorW" のダンスシーンが映し出されて、 "ワーキング・デイ・アンド・ナイト" 。 ライトによってかなり色彩が変わって見える、表現しにくいピカピカのジャケットで登場。


 "ビート・イット" では、電光ピカピカのギタリスト、ジェニファー・バッテン。今回も彼女はやってくれます。 なっなっなんと今回は、でっかい龍なのでした。電光ピカピカの龍を身にまとい(背負い?)、いささかヤマタノオロチ風のジェニファー。
 この時ばかりは、龍を背負わされた彼女の心境を考えずにはいられませんでした。

 "ウィル・ユー・ビー・ゼア" の最後にステージ横からドデカイ天使が降りてきて、まるでMTV10周年の再現。
 しかしこの日は、マイケルの横に上から何かが落ちてきたので、「マイケルに当たらなくて良かった~」 と思っていると、何やら天使がもたついている。スタッフさえもコントロール出来ない様子で、あれよあれよという間に、とうとう信じられないことが     !!
 そうです。マイケルを優しく包み込むはずの天使が、マイケルに背を向けてステージに降り立ったのでした;

 "メイク・ミー・フィール" での相手役は、パンフレットによると日本名の女性ということですが、どう見ても日本人には見えませんでした。ただマイケルよりも小柄に見えたので、その点は合格でした。

 "Bad" の始まりは、前回のツアーよりも好きです。
 この曲で主なバックコーラス,バンドメンバーを紹介し、いよいよ "BorW"
 MTV10周年みたいに髪をほどいて、そして片足にだけヒザ当てをして、本当にかっこいい。
 ステージ右端でスモークとともに下から風が吹いてきて、髪とシャツを風になびかせて熱唱するマイケルは、完璧なまでのスタイルと歌唱力と踊りで、本当に文句なし。

 "BorW" が終わると "ウィ・アー・ザ・ワールド" のイントロが流れ、スクリーンには "ウィ・アー・ザ・ワールド" の映像や マイケルと子供とかの映像が流れ、客席はみんなで "ウィ・アー・ザ・ワールド" を歌います。

 突然 新体操の姉ちゃんが現われ、ステージで青いボールを持って踊ります。
 ステージ左で、ボールは姉ちゃんの手を離れて床をコロコロ…。 カメラがボールを追っていくと、そこにはマイケルが…。マイケルが笑顔でボールを拾い上げると、ステージ中央で姉ちゃんにボールを渡してホッペにkissして(マイクがあるので本当にしてるかどうか判らない)、 "ヒール・ザ・ワールド"
 歌いながら、ステージごとマイケルは上昇していき、気がつくとマイケルの下には大きな地球が出現し、その周りには様々な民族衣装を着た子供たちが輪になっています。
 2階ステージからマイケルがロープでツツーッと下へ降りてきて子供たちと手をつなぎ、1つの輪が出来た時、今回のツアーのメッセージがマイケルの歌声とともに私の胸にジ~ンと響いたのでした。本当に、マイケルの願いが全世界に届くといいと思いました。


 "マン・イン・ザ・ミラー" に曲が移ると、私は感動しまくってマイケルの素晴らしさをひしひしと感じました。
 そしていよいよジェット噴射で飛び立つ時、私のちょっぴりセンチメンタルになったハートは、ジェットの爆音で粉々に砕け散ったのでした。

 そしてコンサート終了後の余韻にひたる間も無く、帰りの交通手段の心配をしなければならない状況に追いやられたのでした。
 バスは無い。タクシーも来ない。もう夜中の0:30を回ってるし、一体どーなるのォ?
 結局、近くの店で駅までの道を教えてもらえたので、歩いてモンツァの駅まで行き、駅の近くのホテルでタクシーを呼んでもらって無事帰ることが出来ましたが、ホテルへ着いたらもう夜中の2時頃で、その日寝たのは朝方の4時頃でした。



■7月7日■ MONZA - コンサート(3)
 まばたきの間に朝を迎えて、またモンツァに出発。
 コンサート直前まで、アリーナで観るべきかスタンドで観るべきか悩んだ私は結局、全体のライティングが観れるということでスタンドで観ることにしたのでした。そう決めた途端、コンサート3日目にしてやっと気負いせずにマイケルを観れるような気がしました。


フリーペーパーより

 スタンド席ではウェーブとか始まって、日本ではまず感じることが出来ない陽気で明るい雰囲気でした。
 偶然にもウェーブを仕切っていた兄ちゃんの近くだったので、「いいかみんな、1,2の3でウォ~だぞー」 って感じでその場を盛り上げているのが面白かったナ。
 何回やってもウェーブが途中で途切れちゃって、その度に 「お~い、ちゃんとやれ~~」 って感じで、みんなで指さしてブーイングしたりして、最終的にスタンドぐる~り1周ウェーブが成功した時には、アリーナの人もみんな一緒に 「ウォ~~」 なんて盛り上がったのでした。

 暗くなって、そろそろマイケル登場かなぁーって思っていると、昨日と同じくかっこよく "JAM" で登場したのでした。
 マイケルがポーズをとって立っている間、マイケルの後ろでステージを掃除している(オープニングの花火のカスをモップで拭いている)人がいるのが見えました。

 昨日と同じじゃないのは、 "ウィル・ユー・ビー・ゼア" の最後で降りてくるはずの天使がとうとう降りて来なかった事でした。
 危ないので完全にボツにしたのか 今回だけ出て来なかったのかは、判りません。

 もうひとつ、 "ヒール・ザ・ワールド" で歌いながら上昇したマイケルはロープで降りてくるはずなのに、ロープの調子が悪かったようで、2階ステージから右側の通路(客席からは見えない)を使って下に駆け下りて、照れくさそうに笑っていました。

 そんなハプニングにもめげることなく持てる力を使い果たしたように熱唱したマイケルの姿に、「あ~これで当分マイケル見れないのかぁ~」 と思うと、表現できない何とも切ない空気が私の周りをすっぽりと包み込み、こういう気分に浸れるのはスタンドの良さだと妙に納得したのでした。
 アリーナでしか観れない部分もあるけれど、スタンドは落ち着いて観れて とてもよく記憶に残るような気がしました。 アリーナではマイケルがネックレスをしているのもはっきり見ることが出来たけれど、前で観れば観るほど遠い人なのでした。(後日、あのネックレスは多分プラチナだろうという結論に達しました)

 会場をあとにするのは後ろ髪を引かれる思いでしたが、また昨日と同じように30分かけてモンツァの駅まで歩いたのでした。
    えっ? 飛び去ったマイケルはどこへ行ったかって? そりゃあ、ステージ裏の草むらに無事着地して、私たちのように帰りの交通手段に悩まされることなく車で帰ったのでしょう   




 私はラッキーなことにアリーナとスタンドと両方でマイケルのコンサートを楽しむことが出来ましたが、
それぞれに別の良さがありました。 もっともっと観たかった
 一緒に行った4人のマイケル・ファン、そして現地で合流した2人のファンの方々、本当にお世話になりました。 ありがとうございました !! 夢のような数日間でした。

     そして最後に、 グラッツェッ! マイケル!     .

・・・ END ・・・

UPDATE - '07.10.13