【 Black or White 撮影現場 】
( VOL.38 / Nov 1991 )
MJJ Productions 公認レポート
Reported by : Regine & Annette

■それは月あかりの夜だった!■

 1991年9月21日の早朝、『Michael is King』と ひとすじに信じ続けている2人の元気印娘がミニバンでロスの街なかを走り抜けていました。

■一体何が起こったの?■

 全ては1990年11月に始まった。
 彼の今日までの業績に対して、尊厳をもってマイケルに献身している世界中のファンの人々が集まって彼に賞を贈ろうという企画に関してのプロジェクトを、RenineとAnnetteがスタートしたのは――。

 私たち(Regine & Annette)は、世界中のファンクラブやファンに、この企画に参加するかどうか尋ねてみました。(※1)
 そしてその結果、19ケ国からのメッセージを受け取ったのです。
 これが実行に踏み切った理由でした。

 それから私たちは、MJJ Productionsに連絡を取り、1991年8月に最終回答を受け取りました。
 ――マイケルは自分から進んでその贈り物を受け取る気持ちを持っています――
 しかし、まだ彼が受け取ってくれる正確な日時まで聞いたわけではありませんでした。

 それで私たちは9月3日にロスに渡り、王冠(白とブルーのガラスで出来たもの)のこと・メッセージを込めた大きな看板のこと・今回の企画に関わったいくつものファンクラブのメンバーのメッセージで仕上げられた本のこと・そして、いっぷう変わったこの企画の背景・今日までの過程について、MJJ Productionsに説明をしました。
 後日起こるビッグな日までの殆んどをカリフォルニアで過ごし、それはそれは多忙で興奮の連続の3週間でした。


 9月20日(金)に「ある集まり」があるという連絡を、MJJ Productionsから電話で受け取りました。
 私たちはそこへ行くためにその場所の位置や方角を調べたり、その場へ参加させてもらう許可を得ることが必要となりました。
 そしてその場所が、もうすぐ発売される『Dangerous』のアルバムからのファーストビデオ『Black or White』の撮影現場だと知らされ、そのセットに一緒に居合わすことが出来ると知らされた時は、飛び上がる程の喜びと驚きでした。


 そこで、次に私たちがしなければならなかった事は、適当な車を見つける事でした。
 既にドイツから運んできた とてつもなく巨大な看板を組み立ててしまっていたし、そこらの普通の車ではとても入らないことは悟っていました。その看板は2m×5mもある大きなものだったから。

 そして金曜日の午後、私たちはミニバン(注:日本でいう軽四のミニバンではなくボックスタイプのワゴン車位の大きさの車)を借りて、車の中へ看板を積み込み、身なりを整えて車に乗り込み、ロスの最もひどい荒地にいる "Best Man of Music" に逢うためエンジンをスタートさせたのでした。


 私たちが到着した時、小さな1本の道が閉鎖され、誰もそこから先へ入り込まないように、通りの隅でセキュリティが見張っているのが目に入りました。
 私たちは、車を駐車させることから既に緊張し始めていました。
 少し震えながら持ってきた品物を駐車場の仕切りの向こう側に降ろし、そして入口の方へ目を向けると、撮影セットのある場所まで乗せて行ってくれるシャトルが門のところに止まっているのが見えました。
 その門のところでいくつかの質問に答えた後、ボブ・ジョーンズ氏が、まるで巨大な裏庭のように見える大きな広場の中へと私たちを連れて行ってくれました。そこは驚くほどの数の全てのセット・車やバン・スポットライトやカメラで埋まっていました。

 その広場を横切って行った所で、私たちはビル・ブレイ氏に歓迎されました。
 バックに黒いテントを張ってくれたので、私たちはその前へ看板を設置したのですが、ビルはその作業の間ずっと一緒にいてくれました。
 ビルは、「マイケルが準備出来るまでの間まだ時間があるんだよ」と話してくれた後、私たちに飲み物と食べ物を差し出してくれ、その後あちこち案内してくれました。
 どの人もどの人も、みんな素敵な人たちでした!
 案内されながら、私たちはその日、白と黒の服を着ていたので(白1人・黒1人)、ビデオの一部に使われるのかどうかを何度も質問してみました。(これはたぶん私たちのインスピレーション?!)


 夜の8時ごろ撮影は開始され、私たちは、マイケルがダンスをし何回も何回も最高の出来になるように続けて繰り返しているところを観ることが出来ました。
 彼の正確な動きは力強く、表情豊かで、とても感動しました!
 彼が一瞬の間に素早くターンし、次の瞬間までに絶対にしっかり立っているところ、見えるでしょう?




 そのシーンを撮り終えた後、マイケルは自分のトレーラーに戻って行き、ボブ・ジョーンズ氏が私たちを呼んでくれました。テントの前で待っている間 私たちは、いくつもジョークを飛ばす素敵なボディガードの人たちと楽しく話をしていました。
 ところが、スポットライトやマイク、カメラをテントに運び込む人たちが次第に増していくことに気づいた私たちは、笑うのをやめてしまいました。
 私たちが想像した事は、たぶん贈り物を手渡す場所というのは、テントの中へ入る許可をもらえてその中であろうという事と…、その時の私たちの良い表情を撮影するのだろうなぁ、という事でした。

 次の数分間、私たちは顔にお化粧の粉をつけられながら、ジョン・ランディス監督に王冠を見せたり、それを見て質問するTVディレクターに答えたりしていました。
 そして質問に答えながらも、マイケルに逢ったら何と言って自己紹介をすべきか思い悩んでいました。


 突然 誰もがピタッと話をやめ、同時にマイケルがトレーラーから出てこちらへ向かってやって来るのが見えました。
 彼は微笑んでいるようでした。そして看板を見てびっくりしていました。
 それまでいろんな人に囲まれてビクビクしていた私たちの気持ちは、彼の出現によって掻き消されました。

 握手をし、自己紹介をした後、私たちは説明を始めました。
 私たち2人のうち、1人は贈り物に添える言葉を読み上げ、もう1人が品物を見せるものだと周囲の人々は思っていたようですが、なんと私たちは2人とも一生懸命しゃべりまくってしまったのでした!
 説明をひととおり終えると、王冠と一緒にたくさんのメッセージを渡しました。




 マイケルは私たちに感謝の言葉をかけてくれ、振り返って看板を見てくれました。私たちは、しばらくの間その看板について話しました。
 そして彼がトレーラーに戻る前、私たち2人をギュッと抱き締めてくれました。

 その後、テントの前で佇んでいると、再びトレーラーに来るようにとボブ・ジョーンズが言っていると聞かされました。
 行ってみると、ボブ・ジョーンズが「マイケルは、しばらくしたらプライベートに会って話をしたがっているよ」と伝えてくれました。
 再び撮影が始まり、私たちはレポーター達のいくつかの質問に答えるためと撮影を見学するために、外側へ引き下がりました。


 あなた方は、こんな風にとても大きな仕事がどんな風に作られるか・この仕事がどんなに大変なのかが判るでしょう。
 撮影現場の雰囲気はとても親近感があり、真夜中、なんと私たちは「軽い食事を一緒にしましょう!」と申し込まれたのです!!
 私たちはその撮影現場で、何人かの人たちが帰り始める明け方4時頃までの約10時間もの長い間、楽しむことが出来ました。もしもスタッフの人たちがこのまま朝まで仕事を続けてくれたら、私たちは、マイケルがトレーラーではなく彼の車に戻るところを見ることが出来るかどうかを尋ねてみました。

 ボディガードの1人がこっちにやって来て、「マイケルはまだ仕事があるので、君たちにさようならを言いたいそうだよ」と言ってくれました。
 私たちは再びマイケルに強く抱き締められ、彼がセットを離れる前に私たちの方が先にそこを離れるため、「さよなら」を言いました。
 ボディガードに駐車場のところまで連れて行ってもらい、そこまで行くとジョン・ランディス監督が居て、彼はドイツ語で「さよなら」という意味の「Auf wiedersehen」と言葉をかけてくれました。


 私たちの泊まっているモーテルまで運転して帰る道中、私たちは『とってもとっても素敵で優しくて繊細な人・世界の偉大なミュージシャン』に本当に逢えたんだァ!と心の底から実感したのでした。
 彼に限りない幸せが訪れますようにと願うと共に、今回の実現に協力して下さったあなた方全ての人々1人1人に感謝します。
 特にボブ・ジョーンズとマーサ・ウィリアムスが手助けをしてくれたことを感謝します。心からありがとうございました。


(※1)
 VOL.35(Aug 1991)にて、西ドイツのマイケルファン・Regine & Annetteからの下記メッセージを紹介。
私たちは、今年の9月にマイケルへ贈与しようとしている非常に特別なプロジェクトを企画しました。それにあなた方を招待いたします。
それは、マイケルへ王冠を贈るという計画です。
ショービジネス界において、彼の立場は最高位にして完全無欠の象徴のようです。王冠と共に世界中のファン達によって書かれたメッセージを、大きなカードと色々な国々から寄せられたファンクラブについての一般的な情報、そして "The crowning-ceremony" でのマイケルに宛てた彼らのお祝いの言葉が含まれている本を、マイケルへ贈ります。
MJJ Productionsは既にこの活動について知っていますので、マイケルがきっとあなた方のメッセージを受け取るだろうと確信出来ます。
 上記を受けて急きょMOONWALK会員へ募ったメッセージカードも、その贈り物の本に印刷されたという経緯により、マイケル本人の手に直接渡った様子をレポートにして届けてくれたもの。
 同封されていた手紙には、下記の伝言も。
あなた達のクラブのこともマイケルに話しましたよ。
1人の力ではなかなか思うように行かぬ事も、こうして皆が賛同してくれたお陰で実現に到りました。本当に有難う。
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UPDATE - '07.11.02