MJ in バミューダ '91
カルキン君との休日

ENQUIRER誌       会員レポート

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   ENQUIRER誌 ('91年7月9日号) - 和訳:Cさん -
( VOL.36 / Sep 1991 )
 ある側近の話によれば、目下マイケル・ジャクソンは 『ホーム・アローン』 の子役スター、マコーレー・カルキンにご執心だ。
 彼はマコーレーを バミューダとディズニー・ワールドに招待し、マコーレーを傍らに置くことで10歳児になろうと必死だという。


 その不思議なホリデイの間、2人組の片割れはふざけ回り、2人の子供のように遊んだ。
 マイケルは32歳で、マコーレーよりも20歳年上なのにも関わらず。
 「僕たち、同い年だよ!」
と、マイケルはバミューダで レポーターに息を弾ませながら言った。
 「人生で最良の時だ。 この世でマコーレーが一番好きだ。 永遠の友情を誓ったんだよ!」
と、眩しいほどの笑顔で付け加えた。

 このホリデイの費用は全てマイケルが負担していると、彼と親しい情報提供者が洩らした。 このスーパースターにとって、それだけ価値のあることなのだ。 彼は子供たちの仲間になることを切望していたのだから。
 彼の姉、ラトーヤ・ジャクソンはこう言っていた。
 「もし大人と話をしなくていいって事になれば、弟は完璧にハッピーになれると思うわ。
  彼は、気持ちの上では1人の大きな子供なの。 実在するピーターパンね!」
 今ではそれ以上にマイケルは、子供の友人を求めている。 だからこそ彼はマコーレーと彼の両親をバミューダ - フロリダ旅行に招待したのだ、と側近は言う。
 飛行機の案内係のミッシェル・ワーゴナーは、バミューダの遊園地で不思議な2人を見たと本誌に語ってくれた。
 「まったく妙な取り合わせでした。 1人は目の大きなブロンドの子供。 もう1人は彼より22歳年上のスーパースター。 “彼らに共通することはあるのかしら?”って考えちゃいましたよ」。
 「実際、マイケル・ジャクソンは成長しない子供だし、彼はマコーレーという完全な友人を手に入れたんでしょうね。 彼のマコーレーへの愛情は、誰の目にも明らかでした」。

 本誌は、マイケル,マコーレー,彼の両親を追い、バミューダ滞在の夢の4日間を密着取材した。
  • 2人は 1泊1,000ドルの最高級のマイケルのスイートで、何時間も山のようなオモチャとゲームで遊んだ。
  • 水の詰まった風船爆弾で、一般旅行者たちは爆撃された。
  • 暗くなってからはランボー・ゲーム。 安全なレーザー銃で攻撃されたファン達はびっくりした。
  • スキューバ・ダイビングに行き、ミュージカルには2回行った。
 マイケルと子役スターの関係は、過去の他の子供たちとの関係と同様のものである。
 しかし今回は “より熱心だ”と、情報提供者は言う。
 「彼はマコーレーに夢中だ。 彼はいつでもマコーレーにそばにいて欲しいんだ。
  彼らは、バミューダにいる間ずっと一緒だった。 変な具合だったよ。 マイケルは、マコーレーが右隣に座らないと食事をしないんだ」。
 「ある日、マコーレーが両親の部屋でシャワーを浴びている時、マイケルはベジタリアン・フードのルームサービスを注文したんだ。
  で、それがマイケルの部屋に運ばれてきて、世話係の1人が “冷める前にお召し上がり下さい” って言った。 でも彼は、マコーレーが来るまで食べようとしなかったんだ」。
 「ホテルを出る予定の日に、マイケルはこう言ったよ。 “マコーレーは何処?”。 彼が一緒じゃなければ下りて行かないんだ」。




 2人のスターとマコーレーの両親,それに3人の世話係の一行は、('91年)6月19日 水曜日にバミューダに着き、ハミルトンズ・プリンセス・ホテルにチェックインした。
 「マイケルは最上階(ペントハウス)の部屋を取りました」
と、ホテルの従業員の情報提供者は言う。
 「マコーレーと両親は6階の部屋を。 そこはペントハウスのすぐ下の部屋です。 でもマコーレーは、母親がベッドへ連れて行く時以外、ずっとマイケルの部屋にいました」。

 マイケルは山のようなオモチャとビデオを持って来ていて、次の日の朝、世話係がそれらをペントハウスに運んだ。
 「オモチャでエレベーターが一杯になったんです!」
と、ミッシェル・ワーゴナー(37歳・2児の母・USエアーの従業員)は言う。
 スーパースターとりんごのほっぺの親友は、スイートでいつまでも遊んでいた、と情報提供者は言う。
 「殆んどの時間、笑い合い、冗談を言い合っていましたよ。
  いつだったか誰かが、部屋のドアをノックしたんです。 2人とも走ってカーテンの後ろに隠れ、ドアを開けると飛び出してきて水鉄砲で撃つんです。 マコーレーの身内やマイケルのスタッフ,ホテルの重役たちがびしょ濡れになろうが、お構いなしなんですよ」。
 「マイケルとマコーレーは、はしゃぎながら笑い転げていました。 マコーレーが水鉄砲を誰かに命中させると、マイケルは “大当り!”って叫んでいました」。

 6月21日 金曜日、2人は風船に水を詰め、7階のバルコニーから下の通路に落とし始めた。 旅行者たちはずぶ濡れである。
 「彼らは20個以上の “風船爆弾” を投げました。 ヒステリックに笑ってましたよ」。
 その爆撃を見ていたミッシェル・ワーゴナーは言う。
 「マイケルは、 “Desert storm! Desert storm! (砂漠の嵐)” と叫び続けていました」。


カルキン君が手にしている物が、悪名高き 『風船爆弾』 だ!!

  夕方、いたずらっ子のマイケルとマコーレーがレーザー銃で旅行者を攻撃したと語るのは、新婚旅行で夫アレンとバミューダを訪れていたシャロン・テート。
 「私たち、プールのそばを歩いていたんです。 そうしたら突然、赤い光線で胸を撃たれたの」
と、シャロン(27歳・ノースカロライナのシャーロット在住)は語った。
 「私たちが見上げると… 本当にびっくりしました。 マイケル・ジャクソンとマコーレーがバルコニーに居たんですから。 彼らが私たちを撃ったんです。 すごい事だわ。 1億ドルのスーパースターのマイケル・ジャクソンがそこに居て、10歳の子供と一緒に子供の遊びをしているのよ。 まるで同い年同士のように!」。
 シャロンの夫、アレンは本誌にこう語っている。
 「マコーレーは私たちに、大きな声でこう言いました。
  “僕はスーパーマンだ! 困ったことがあれば僕を呼びなさい!”」。


7階・ペントハウスのバルコニー


 その後、マイケルはマコーレーと彼の両親のためだけに、プリンセス・ホテルでプレイベートなミュージカルを手配したと情報提供者は言う。
 「ショウの間中 マイケルはマコーレーにウィンクし続け、 “素晴らしいよ。君といられて最高だよ!” と言い続けていました」。 【※編集より : “ウィンクし続け”って、そんなに得意でしたっけね?(苦笑)】



 結局ショウに一番夢中になっているのはマイケル (と前席のおっちゃん)


 ショウの後、マイケルは小さな親友に 有名な 『ムーンウォーク』 を教えようとしたが、マコーレーは ヨロけてばかりいたという。
 「マイケルは大笑いして、彼にこう言ってたよ。
  “すぐにダンスのコツが解るようになるよ。だって君は、僕の次のビデオに出るんだからね”」。

 次の日の土曜日、2人はスキューバ・ダイビングに行き、その夜は2回目のミュージカルを楽しんだ。




 6月23日 日曜日、スター達はもっと楽しもうとディズニー・ワールドへと出発した。
 バミューダを離れる前に、マイケルは親友をそばに置き、このホリデイが自分にとって どれほどの価値があったかをマコーレーに言っていたそうだ。
 「マイケルは言いました。
  “君に知ってほしいんだ。このホリデイを僕は永遠に忘れないって事を。 僕は心のビデオを持っていて、僕たちが一緒に過ごした全ての瞬間を撮ってあるんだ。それは絶対に消えることがないんだよ!”」。




 マイケルがこのキュートなスターに夢中になったのは、マコーレーの出演する 『ホーム・アローン』 を最初に観た時だ。 その映画は昨年('90年)一番のヒット作で、27億5千万ドルの売り上げがあった。
 「マイケルは何度も何度も映画を観ました。 そしてマコーレーと両親に、ぜひ会いたいと連絡したんです。 マコーレーは大喜びでした。彼はずっとマイケルの大ファンだったからです」。
 週末にマコーレーは、マイケルのカリフォルニアの牧場にやって来た。 その時から2人は大の親友になったのだと情報提供者は言う。

 過去、マイケルには何人かの親友がいた。
 小さな 『ウェブスター』 のエマニュエル・ルイス,ジョン・レノンの息子ショーン,マイケルのペプシCMのダンサーのアルフォンゾ・リベイロ, 『マイケル・ジャクソン・ダンス・コンテスト』優勝者のウェイド・ロブソン,その他 何人かの子役スター達…。
 側近は言う。 マイケルが子供に心惹かれるのは、彼の子供時代の環境のせいなんだと。
 彼は5歳で働き始めたので、子供時代の楽しみを知らないのだ。 それで彼は今、それを子供たちと共にいることで取り戻そうとしている。
 ある子に、マイケルはこう言った。
 「僕は、大人たちと一緒にいると まるで胃の中に氷が詰まっているような気分になるんだ。 僕には判るんだもの。彼らはみんな何かを狙っているんだ。
  僕は、子供たちといる時だけ本当に幸せなんだよ」。

・・・ END ・・・


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   会員レポート - 寄稿:Aさん -
( VOL.37 / Nov 1991 )

 えっへん! 私は会ったのです。 マイケルをバミューダで迎えたその人と。
 彼女は、アムネスティ・インターナショナルの活動家で、今年('91年)日本で世界大会が開かれ、それに出席するために日本に来たのです。 意見が違う・人種が違う,それだけの理由で囚われの身になっている人たちを救おうとボランティアで活動している方です。
 集会とその次の日に準備された懇談会に、私も何らかの力になれればという気持ちで参加したのでした。
 ところが、話がひょんな事から
 「私はマイケル・ジャクソンのファンで…」
という話になったら、
 「私は彼に会ったのよ」
と、耳を疑うばかりのことを言うのです。
 ひっくり返って驚いて訊いた話が、こうでした。



 例の 『ホーム・アローン』 撮影中、主役のマコーレー・カルキンと チョイ役で出ていた男の子が友人同士になったそうです。
 その子はフロリダに住んでいて、両親と一緒にバミューダへ行くことになった。 それを友人になったマコーレーに話し、マコーレーが既に友達になっていたマイケルに話したそうです。 そしたらマイケルが
 「自分も一緒に行きたい
と言い出したそうです。
 だからこの旅は マイケル,マコーレー,その友人,その両親というメンバーだったようで、マイケルがマコーレーとその両親を招待したというのは ちょっと違うみたいです。
 フロリダの男の子のご両親は、マイケルから直接電話をもらって 「同伴したい」 と言われた時は、それはそれは驚いたそうです。 そーですよねー。 映画に出たとはいっても、いわばフツーの人。 それが 「This is Michael Jacskon」 という電話をもらうんですから。 羨ましい話です。



 私の会ったその方は、夫君がホテルの仕事をしていて、マイケル達はそのホテルに泊まったそうです。 彼はマイケル達をいろいろ世話をしたとのこと。
 それである時、マイケルが
 「一緒にナイトクラブのショウを観に行かないか」
と誘ったけど、彼は
 「今日は、妻と子と一緒に過ごすことになっているから」
と断わったそうです。 (ナ、ナ、ナント もったいないっ!)
 そしたらマイケルが
 「いや、奥さんも子供さんも一緒という意味だよ」
と言ったということで、私の会ったその方は、羨ましいことにマイケル達とナイトクラブに行って、その一行だけのために演ってくれたラスベガスのようなショウを観に行ったのでした。
 そして、その後 ディナーを一緒に。



 世の中 こんな幸運な人もいるんですねぇ~。
 彼女は、マイケルにサインしてもらったというボールペンを見せてくれました。それを思う存分撫で回させてもらって、マイケルと握手したというその手で握手してもらって…。
 彼女は、マイケルのことを
 「とても丁寧で、子供が好きで、シャイな人だった」
と言っていました。 そーでしょう。そーでしょうとも!

 もう1つエピソードが。

 報道陣から逃がれるために、彼女のお宅の台所にかくまってあげた時のこと。
 少しの間、用事でその場を離れた彼女が再び戻った時、マイケルは1人でダンスをしていたそうです!
 彼女は、目のさき何mのところで、あのダンスを目撃したのです!
 なんという羨ましい話!

 この夏でとうとう40歳の声を聞いてしまった私と、私よりさらに年上と思われるその方と二人でコーフンしまくって、すっかり打ち解けてしまったのでした。 こんな素晴らしい友人が出来たのも、マイケルのおかげ。
 彼女は向こうに着いてから、バミューダで撮った写真を送ってくれました。 [後略]

・・・ END ・・・

UPDATE - last '09.2.26 / 1st '08.5.31